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テレビの話・・・ ブログトップ

怪獣映画を語る [テレビの話・・・]

この日は皆で部屋に集まり、ダラダラとしながら他愛もない会話を交わしていました。
そんな場面での話。

特撮好きの自分とNo.6は、先日TVで放送された『ハリウッド2014年版ゴジラ』
きっかけに日本とアメリカのゴジラの話へと嵌まっていきました・・・

 ※今回は虫に全く関係ありません。

 ※そしてなぜこんな無駄な記事を書いたのか・・・自分もよく分かりません。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   【1】=自分   【6】=No.6


1 「こないだTVでやってたじゃん? ハリウッドの(ゴジラ)

6 「あぁ、」

1 「アレって、あの後まだ2作品(続編)残してんだよ」

6 「あ~、らしいね。」

1 「で、2作目が・・・モスラと・・・」

6 「(キング)ギドラと?」

1 「ギドラと・・・ラドン。」

6 「『三大怪獣』じゃん。」

 ※『三大怪獣』・・・『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964年)のこと。
   ゴジラ・モスラ・ラドン・キングギドラ等、単体主役級の怪獣が一堂に登場した作品。

1 「『それ』をやるんだよ!? ハリウッドが。 で、3作目が『キンゴジ』なんだよ。」

 ※『キンゴジ』・・・『キングコング対ゴジラ』(1962年)のこと。
   日本の怪獣:ゴジラとアメリカの怪獣:キングコングを対決させる構図の作品。

6 「はぁ~・・・・・・そこまでいくとちょっと考えるな・・・」

1 「どう考えるんだよ」

6 「~あのさ、アメリカ人の良いとこでもあるんだけど、良くも悪くも他人が大事にしてる物に
   平気で土足で踏み込んでくるのさ、3大怪獣ってそれだけ結構大事な分岐点だったから」

1 「あぁー」

6 「ゴジラが人間側に付くか付かないかっていう分岐点だったから」

1 「そうだったの!? 2作目(ゴジラの逆襲)からずっとそのサイドで来てたんじゃないの?」

6 「違う、少なくとも『キンゴジ』もそうだけど、やっぱり・・・人間の敵ではあった。
   だけど、(『三大怪獣』は)1964年だったと思う、あの年に日本で初めて原発が出来たんだよ」

1 「そうなの?」

※正確には1963年に日本初の原発が稼働、その後に3大怪獣が公開されたため1964年の本作は前年の原発稼働を汲んだ内容であるという事で解釈できる。

6 「つまり、どういうことか分かる? 日本人が恐れていたあの核を使っちゃったんだって。
   自分らのエネルギーにしちゃったんだって」

1 「なるほど」

6 「という事は・・・『三大怪獣』で初めてゴジラ(≒核兵器)が人間の味方をするんだって。
   初めて。・・・という考え方の一つではあるんだけど。
   だからあそこ(『三大怪獣』)は結構な分岐点でさぁ、
   人間の味方をする第1作になるんだって。
   で、その事で結構語られたりファンが多い映画だったから・・・」

1 「ふむ・・・」

6 「今までさぁ、その組み合わせって皆避けて通ってたから」

1 「日本でもってことだよね」

6 「ゴジラとモスラと、(ラドンの代わりに)バラゴンがいたんだよ、別の映画でね。
   何というかこう・・・(アメリカが『三大怪獣』を)やっていいのかな~?って感じはする。」

1 「う~ん、言いたい事は解らなくはない・・・」

6 「簡単に出来ちゃうのかな・・・って感じはする」

1 「アメリカ側の考えで言うと、モンスター映画の主役が沢山出せる!!って腹なんだろうね」

6 「そうそうそう、『怪獣が一杯居れば楽しいだろう』みたいな、
   簡単な考えでやってるとしたら俺はちょっと・・・ウ~~ン・・・てなるけど・・・」

1 「この(ハリウッドの)3部作って、それぞれ別物じゃん?」

6 「そうなの?」

1 「なんて言うか・・・別物って言うよりかはさ、怪獣映画だけど全く別じゃん。
   アメリカ側からすればゴジラ映画なんて僅かしかないから
   主役が『ゴジラ単体』のやつと『三大怪獣』のやつと『二大怪獣』で対決する映画じゃ
   怪獣の人間から見た立ち位置とかストーリー上の役割みたいなのは全部違ってくる。
   タイプの違うゴジラ映画の作品を作ろうって云う意欲的な試みではあると思う・・・」

6 「うんうん・・・」

1 「ただ、日本の作品の意図は汲んでるとは思うんだけど・・・
   けど俺にとっては世紀末系のモンスターパニック映画と何ら変わりないような気がする」

6 「あれはさ、監督がどのゴジラを観て育った世代なのかによる、
   俺は観てすぐ分かったんだけど・・・こないだのハリウッドはさ・・・
   怪獣プロレスやってた時のゴジラだよ」

1 「え!? そう?? 1980年代じゃねえの?」

6 「いや・・・、」

1 「ゴジラが出てきて脅威と思いきや、実はもう1体違う種類の怪獣が居て、
   そっちの方が脅威だったと云うパターンだと思ったんだけど」

6 「いや、違う・・・と思う。ゴジラを正義扱いしてた。あれはもう1970年代のでしかないから」

1 「でもさ、1960年代の半ばに入ったらもうその(正義)感じじゃなかった?」

6 「してない、一応敵。」

1 「でも一応敵だけど~、ハリウッド版については話の最初の時点では
   ゴジラそのものが脅威みたいな感じになってたじゃん、そこから・・・」

6 「(ハリウッド版で)ゴジラ出番少ないよね。話の軸ムートーだったから。」

1 「・・・うん・・・」

6 「題名が『ムートー』でゲスト怪獣がゴジラって感じ」

1 「あぁ~なるほど」

6 「どっちかっつーと構成は完全に『ガメラ』・・・に近い。平成のガメラ」

1 「あそっか・・・東宝だけで今考えてたけど他のも考えるとたしかにガメラだ・・・」

1&6 「・・・・・・・・・・・・

6 「そこまで色々と知ってるとさ、もう純粋に観れなくなってくる」

1 (笑)

6 「だってさぁ・・・少しはさぁ、純粋にさ『ゴジラじゃ~んぐらいの
   言ってみたかったけど・・・まぁ無かったな・・・
   何か観た後もう『な~んか違うなぁ』みたいなのばっかりでさ。
   納得した『ゴジラ』に出会ってない」

1 「最近?」

6 「最近つーか・・・一回もう『キンゴジ』ぐらいコメディでやってほしい気持ちもあるんだよな
   そういうめんどくさいのを考えちゃうから、ある程度(シリアスを)取っ払ってさ・・・
   コメディでやってほしいんだよ。今の『シン・ゴジラ』真面目すぎるじゃん

1 「このコメディ調の作品って、毎年毎年ゴジラ映画を量産できたあの時代だから
   やれたのであって・・・」

6 「いやいやいや、」

1 「今そんなのやったらただの『大怪獣バトル』だよ(苦笑)
   ・・・時代だね、真面目に[怪獣が出てきたらどうなるか]ってことを考えすぎる」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・


6 「あと俺その~・・・ハリウッドのゴジラには言いたい事が色々ある!」

1 (笑)

6 「結構溜めてるからさぁアレに関しては、」

1 「お前それをどこで言うんだよ溜めてたって」

6 「無いんだよ!!

1 (笑)

6 「お前ぐらいしか居ないんだよ(笑)」

1 「アレだな、ネットかなんか使ってアメリカの映画オタクとか交流できるようになったら
   向こうの事ボコボコにするんだろうな(笑)」

6 「っイヤイヤ・・・、結構アメリカでも化けモン居るからな(笑)」

1 「ッ・・・化けモン(笑)」

6 「普通にいる、たまにさぁ度を超えたマニアが居てさ
   昔の8ミリフィルムを持ってたりするんだよ、
   初代のゴジラを輸出したときにアメリカで改編しちゃったバージョンがあってさ。
   当時って結構改編しちゃったりするから。新しいシーンを自分らで作っちゃうんだって
   アメリカ人で見たゴジラのストーリーを勝手に作っちゃってて・・・
   そのフィルムとの違いを見比べてみようみたいな、そんな人も居るんだよ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


6 「まずハリウッドゴジラはさ、核の扱いがね逆なんだって

1 「逆?」

6 「全く逆転してるの日本人と、あれアメリカ人っぽい。完全にアメリカ人、
   あのね・・・元々ゴジラが生まれた原因て水爆だったじゃん?」

1 「うん。」

6 「それは、核を受けた日本が作ったから説得力がある映画だったんだって、
   被害者だったんだよね日本は。」

1 「対してアメリカは?」

6 「あの映画(ハリウッド版)では、元々ゴジラが居てそいつを倒すために核を使った・・・
   ゴジラがしぶとくて勝てないから核を使ったんだって。
   全く逆転してるんだよ。だから・・・なんて言うんだろ、『核は正義』っていう感じ


話はまだまだ続いた・・・



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No.2はその頃、

CA3I0015.JPG
部屋に入ったカを生け捕りにして、そのまま蚊取り線香の煙で燻す・・・
・・・という変態的上級テクニックを見せていました。



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ウルトラシリーズと云うドラマ (1974年作品) [テレビの話・・・]

今、家で取っている新聞「東奥日報」の夕刊に
県内野辺地町出身で、プロデューサーとして昭和特撮作品に大きく係わってきた
熊谷健について数回に渡り取り上げられています。

えぇ、今日の記事は虫は全くカンケーありません(汗)

代表的な作品を挙げると、
西遊記などがあるのですが何よりもウルトラシリーズに尽きます。

この熊谷健以外にも、成田亨と云った青森県出身者がこのシリーズに係わっていたので
ウルトラシリーズ関連の催しがあったりニュースに取り上げられたりすることが比較的多く、
このシリーズのファンである自分としては目にする機会が多く非常に嬉しいんですよこれが。

この新聞の記事を読んでいると、
読んで初めて気付かされる製作者側の本来のメッセージやコンセプトが見えてきたり、
他の特撮作品とどうしてこうも違うのか少しづつ分かってきたりと、
非常に興味深い内容です。
特に兄弟・家族の愛について描こうという想いが強く、
ウルトラマンでなぜそこまで兄弟の絆が描かれるのかという答えとしても見ることができます。
ウルトラシリーズ系のマニアなら是非とも読んでおきたい内容ですね。
(自分は飽く迄ファンのレベルですけどぉ)

さて、今日書かれていた内容が「かぐや姫」に関する内容だったので
今日の記事はそこから脱線して
TVドラマシリーズ『ウルトラマンレオ』に対する個人的な感想と概要を、
パパ~っと書いてみます。 え!? なんでウルトラマンレオ???



『ウルトラマンレオ』は、
TV番組としてはウルトラマン→ウルトラセブン→帰ってきたウルトラマン→
ウルトラマンA→ウルトラマンタロウに続く6作目のウルトラマンシリーズで
タイトル通り1974年からTV放送が始まった1話30分(CM込)の番組。

自分は幼稚園~小学生の頃から熱心にウルトラシリーズの番組をTVで観たりビデオを借りて
観ていたのですが、感じるところはそれぞれあれど、
(自分の)子供心に一番インパクトを受けたのがこのレオでした。
何がそこまで他のシリーズと印象を異にするのかと云うと、
おそらくはその戦慄・恐怖感を煽る演出や脚本が際立っていたからではないかと思うんです。
と言うのも、その前後のウルトラマンシリーズ(タロウや80)や他の特撮ヒーローものが、
怪獣や怪人が出てきても難なくやっつけてしまうという
今時の、子供向けでPTAも大人しくしてくれそうな展開であるのに対し、
この作品は、子供の目に見えて残酷な表現が顕著だからです。(飽く迄個人的見解ね)
普通ウルトラマンシリーズでは、
怪獣又は宇宙人は、ビルや家屋そして戦闘機を破壊するぐらいがお約束なのですが、
今作では同年にブームとなった「ノストラダムス」関連に大いに影響を受けており
曇天+大津波と云った世紀末感を随所に盛り込んだせいなのか、
防衛チームの隊員が壮絶に殺されたり、島が沈んだり地震で大きな地割れが出来たり、
惑星が接近して天変地異が起きたり、防衛チームが全滅したり
兎にも角にも「掟破り」な展開でした。
展開の思い切りのよさではGANTZエヴァンゲリオンにも通じる部分があるように感じます。
(後世の作品を引き合いに出すのは単なる説明下手なのでそこは謝ります)

怪獣・宇宙人の倒し方も他作品とは少し変わっていて、
普通は、まず最初に何らかの謎の事件が起こり、解決していくと敵との戦闘に突入、
戦闘機が大体潰されると最後に主役が変身し3分戦って勝利。
みたいなのがよくあるパターンなのですが、
今作で特にシリーズ前半でよくあったのですがまず敵が登場、
すかさず主役が立ち向かっていくが相手の猛攻に一度敗北
リベンジすべく修行(所謂スポ魂要素です)、再戦して新戦法で勝利。
と云った毛色が違った展開だったりします。
平成のシリーズなら、倒せない敵が出てきたら何らかの新兵器や新必殺光線技が次から次へと出てきて
「苦労せんのう~」と云うのが率直な感想でしたが、
レオについてはひたすら修行、修行修行なんです。
こんな修行する必要あるの!? ということまでしますからね(笑)
だからこそ、敵を倒すまでの展開がそれまでとは違うので斬新なイメージが今でも残ってるし、
必殺光線が次々出てくるそれまでのシリーズと違って「ほぼ肉弾戦」

何せこの頃流行っていた格闘モノと云えば、
この年代を知っている方なら直ぐ思い出せるでしょう。
 ↑↑そういうお前は何歳だよ!!
ジークンドーで有名なブルース・リーに他なりませんね。
当時は丁度ブルース・リー主演作品が日本に上陸したタイミングで、時系列としては
・1973年12月22日 『燃えよドラゴン』日本公開
 (この時ウルトラシリーズは『ウルトラマンタロウ』第38話のあたり)
・1974年4月12日 『ウルトラマンレオ』第1話放送
・1974年4月13日 『ドラゴン危機一発』日本公開
・1974年7月20日 『ドラゴン怒りの鉄拳』日本公開
・1975年1月25日 『ドラゴンへの道』日本公開
・1975年3月28日 『ウルトラマンレオ』第51話放送
ブルース・リーのブームど真ん中です。

新番組の主役として選ばれた真夏竜も、面接で「少林寺拳法が出来ると云うのが決め手だった」とまで言っていたとか。
そう云った背景からも、
本編では特に多彩な格闘シーンで観ていた自分も手足がビクビク動いていたものです(爆)
人間大の星人と隊員が肉弾戦に突入するというシリーズでは異例のシーンもありますからね。
自分が、バク転や腕無しでネックスプリングを出来るようになったのは完全にコレの影響です[いい気分(温泉)]
1974年当時の中学生ときっと同じです(笑)

重要人物が情け容赦なく殺されたりと、
ストーリーも全般を通して重く悲劇的描写が大きい展開なので
主人公もどちらかと云うと典型的なヒーローと言うよりは
悲劇の主人公と言った方が合ってます。
終盤なんて一人だけ生き残った主人公だけで怪獣と戦い続けますからね。
当時の流行として、ブルース・リーの影響の他に、「もし今日本と云う国が災害により甚大な被害を受け国土の崩壊・経済の停滞が起こったらどうなってしまうのか」などと云う終末論を押し出した『日本沈没(小説及び映画)がヒットしたタイミングでもありました(映画は1973年12月29日公開)。そのエッセンスも取り込み、第1・2話で東京南沖の小島が沈没するストーリーはまさに日本沈没のプロローグと同じ(日本沈没は小笠原諸島の小島)
不安を煽る演出は、先月までワキャワキャと終始明るい雰囲気だったタロウの時と対極であり、どこか子供受けも悪かったとまで話を聞くほどの徹底ぶりです。
そうした話だからこそ、サブキャラとして何度か別のウルトラマンが登場した際は感動しますね。
(主人公の弟が登場するという点では、熊谷健の描く兄弟愛が見て取れます)

で、ここまでシリアスな部分を強調して触れてきたのですが、
だからと言って実はそこまで暗い番組でもないんですねぇ。
実はウルトラシリーズでは一番コメディ色が強い作品だと思うんですな。
悲劇的かつ孤独で救われない残酷な展開が多いので、対照的な明るい話もいくつか作られていったんでしょうね。
シリアスな本筋の所々で盛り込む完全にコメディ一色の話は色々な意味で・・・イイ[グッド(上向き矢印)]





因みに、レオとかぐや姫で何が関係あるのかと云うと、
話の中で竹取物語を題材にしたエピソードがあるんですね。
月星人(だったっけ)の女性を迎えに来た使いの怪獣とレオとの
月光が照る中の論戦(!?)が印象的でしたが
ずいぶん昔に観てから久しいので詳しい内容を忘れました[あせあせ(飛び散る汗)]
また観たいなァ・・・

ウルトラシリーズ随一の熱血モノ、そんな作品ですね。




あ、虫ブログとして最後に付け加えるとしたら、
第25話はカブトムシの話でした(笑)



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